キッズページ「徳島市の水道のはじまり」

最終更新日:2017年3月13日

 今、みんなはじゃ口をひねるといつでも水道水を使うことができます。
 でも、水道がなかったころはどうしていたんだろう?
 そして、水道はいつどんなふうにできたのかな?

みずまるくん

水道がなかった時代

 水道がなかった時代の人たちはどうしていたかというと、川の水やわき水をくんできたり、雨が降ったときには雨水をためたり、井戸(いど)をほって井戸水(いどみず)をくんだりして生活をしていました。
 でも、徳島のまちは海が近かったので、川や井戸(いど)の水に塩が混じっていて、飲み水に使える井戸(いど)は少なかったのです。

みずまるくん

 それで、どうしていたかというと、「水売り」という仕事の人から飲み水を買っていました
 水売りの人は眉山(びざん)のふもとの「きんりょう水」や「はちまん水」という湧き水(わきみず)をくんできて荷車に乗せて売っていました。
 しかし、水は高くて、貴重(きちょう)なものだったので、水売りから水を買わないで、井戸(いど)の水を飲んで生活していた人達もいました

水売りが水を売っている様子
「水売り」が水を売っている様子

水道ができた理由

 そして、あるとき…赤痢(せきり)」コレラという病気がはやって、死んでしまう人が出てきました。
 それで、原因を調べてみると、生活に使っていた井戸(いど)にバイ菌(きん)が繁殖(はんしょく)していることがわかりました。
 調べた結果、徳島市内の井戸(いど)の約半分が飲み水として使えなくなりました

みずまるくん

 飲み水や生活に使う水がないと困ります。
 そこで、明治40年(1907)に、そのときの市長だった「一坂 俊太郎(いちさかしゅんたろう)」が、「徳島に水道を作ろう!」と市の会議で発表しました。
 そして、いろいろな苦労(くろう)があって、大正15年(1926)9月に徳島市の中心部で水道が使えるようになりました
 水道が使えるようになるまで、なんと20年もかかりました。
 水道を作るということは、とても大変なことでした。

一坂 俊太郎 市長
一坂 俊太郎 市長
これが、そのときの工事の様子だよ!
みずまるくん
当時の工事の様子 当時の工事の様子